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2008/05/20 (Tue) 20:54
VERONICA GUERIN

VERONICA GUERIN


麻薬のはびこるアイルランド。
人々はそれを見てみぬふりをしているが、一人の女性ジャーナリスト、ヴェロニカがその組織的犯罪の実態を明かすために、組織の中枢部まで入り込み、追及していく…。
その実話を映画化した作品である。

何気なしにTSUTAYAで別のDVDを探していたときに見つけた映画。
運命なんて、その出来事を体験したその人自信が勝手に運命と決め付けているだけだけど、でも、この映画に出逢ったことは運命だと思った。

主人公のヴェロニカ・ゲリンは、アイルランドのある新聞のジャーナリストである。彼女は、麻薬が子供たちにまで蔓延していることを知り、その実態究明にのめりこんでいく。
彼女は、麻薬売買の組織の中枢にまで直接取材し、そのことから、何度となく狙われ、遂には射殺される。
彼女の死後、アイルランドは変わった。
麻薬取り締まりに関する法律は変更され、犯罪率も低下した。
彼女は皮肉にも、死んで、その使命を全うしたのである。

私は、図らずもこの映画にかなり感情移入してしまった。
というのも、私がジャーナリストに“なりたかった”からである。“なりたかった”が、ジャーナリズムの一端を垣間見て、違うのではないかと思い、悶々とする日々が続いた。
また、私は以前、かなりの正義感と使命感を(勝手に)持ってジャーナリズムを志していた。その姿勢から、長年ジャーナリズムに携わっている方に向いていないし、危険であると言われたこともあった。

しかし、この映画を見て、自分は彼女のようになりたいのだと気づいた。
彼女のように、情熱と使命感をもって仕事をしたいのだと分かった。

映画を見た後、自分が殺されるかもしれないという、あるかないかわからない将来への恐怖が押し寄せ、号泣してしまった。

覚悟はまだ足りていないが、私はジャーナリストになりたいのだ、そう改めて認識した、することのできた、彼女のジャーナリストとしての生涯を描いた映画であった。

この作品への評価としては、家族や自分の命まで犠牲にするほどのヴェロニカの情熱や使命感がどこから生まれているのか、いまひとつはっきりしない点で意見が分かれているようである。しかし、私がこの映画を見て感じた自分の情熱や使命感の出どころというのも、どこから生まれたのかなんて、はっきりしない。監督は「描かない」という選択をしたのだと思う。

本作品中一番印象的だったのは、取材を突き進めるあまり、その取材対象から脅しを受けていたヴェロニカが一度だけ夫にその恐怖を見せてしまうシーンを入れた点である。
そのシーンでヴェロニカは、夫に「このことを、誰にもいわないで」と言い、また毅然として取材を続ける。一度だけ存在するこのシーンによって、ヴェロニカがどれだけ恐怖を抱きつつも毅然と振舞っていたかが垣間見ることができる。

この作品の見所は、そのストーリーもさることながら、ヴェロニカ・ゲリンを演じるブランジェット・ケイトの演技である。
DVDには特典として、ヴェロニカ・ゲリン本人が を受賞した際のスピーチが収録されていて、私は、本編を見終わったあとにそれを見たが、どれだけブランジェットが、ヴェロニカの生前の話し方を徹底的に研究し演じたかが、もう計り知れないほど忠実に再現されていることを、この映像から見て取れた。私が、これを映画でなく、伝記で読んだとしたら、これだけの心情はいだかなかったであろう。

今回かなり私情の入った批評となったが、実話の映画化、映画の構成、そして何よりブランジェット・ケイトの演技という点でオススメできる映画である。
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テーマ : 映画★★★★★レビュー - ジャンル : 映画

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コメント

ジャーナリズムやらってのは何なのかが判らないのですが、
イメージで申し上げるなら、こうやってブログを書いている
ことも一つのジャーナリズムなのではないのかなぁと、
ふと思いました。。


そいえばこの前ので思ったんだけども
ジャーナリズムと世論ってどんな関係があるんでしょう?

コメントありがとうございます。
レス遅くなって、ごめんなさいm(__)m

私の認識においても、blogを書くのはジャーナリズムのひとつの形態だと思います!

ジャーナリズムと世論の関係について。

世論というのは、自分が実際に見聞きできるものと、それ以外という大きく分けると2種類のものに対する人々の意見であると考えています。
その後者、つまり自分が直接は経験できないものに対する意見を個人個人が作り上げるリソースが、ジャーナリズムの提供する情報、という点でジャーナリズムと世論との関係があると思います。
言い換えると、世論形成が始まる最初の”点”みたいなものが、ジャーナリズムの提供する情報であるのではないかということです。
ただし、まだジャーナリズムが世論形成のその過程まで担っているかどうかについては勉強中です!!

自分が実際に見聞きできる「もの」っていったときに、ここでいうそれは何でもよぃのですかね?言い換えるなら世論とは森羅万象に対する人々の意見なのでしょうか。

そしてもう一つ、世論とは人々の意見であると考えてらっしゃるようですがこの「意見」とは人々に個別のものか、それとも全体としての総意(もしくはマジョリティな意見)なのでしょうか?

興味津々。
にょ。

先述のコメントはW.リップマン『世論』を参考に書かせていただいています。(しっくりきたので…)

森羅万象…ではないと…。
これは何にも根拠が無く、イメージなんですが、ニュースにのぼるよな話題ですね。
ニュースの定義は、これだ!っていうものがないらしく、人々にとって重要なもの、関心のあるものってのがキーワードな気がしています。
これと、形成される世論ってのはかぶっている気が…。

そしてもう一つなんですが、ここで想定しているのは、どちらかというと後者の「全体としての総意」の意見です。
どちかというと、という曖昧な書き方をしたのは、個々の意見が世論を形成していて、しばしば流動的であると思うからです。

私は意見の対象は限定されない全てのものであって、
先に申し上げた様に森羅万象のものであると思うんです。

然るに人々は別個にそれぞれの興味や関心、
そして持っている情報などによって意見を持つ。

従って意見の対象とその意見は、
本来は現在の様に集中的なものではなく
ある程度の範囲で分散をするものだと思うんです。
その一方でもちろん多くの人が意見を持つ対象があり
そこにはマジョリティとなる意見、
反対にマイノリティとなる意見が存在するのですが。

そして本来は分散しているはずの対象において
それが集中すると個々人の間における意見の交換も
活発になり、そこに世論が形成されるのかなと。

つまりはマジョリティもマイノリティも関係なく
意見の多く交換されている対象に関する意見を、
全体として取り上げたものが世論ではないかと
私は思うのです。
言い換えるなら、個々人の意見と世論とは延長線上に
あるものではなく、次元の異なるものではないかと
考えておりましてEliseさまが世論を
「どちらかというと全体としての総意」と
されたことが興味深かったです。

補足

現在、この様な意見が交換されてるんですよ!

っていうのが、私に理解における世論というものです。

大変示唆に富んだコメントありがとうございました。
考えを進めることができました。

私とみゃーさまの意見が異なる理由は、視点の違いにあるのかなと思いました。
私が世論に関心のあるっていうのは、例えばひとつの発言が世論形成にどう影響しているのかという近視眼的な見方でみようとしている。
みゃーさまは、それと対比して考えると俯瞰かな、と。

ただ、よくよく考えると根本的に世論に対する考え方が異なる気がして参りました。
いろんな人を交えて、議論してみたいものです。

にゃー

こんどゆっくりお話お聞かせくださぃ♪

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